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瓢唐草文図鐔

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銘 信家

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鍔

No.

2440

-

ギャラリー

円(税込)

瓢唐草文図鐔 銘 信家
桃山時代

鉄地木瓜形毛彫打返耳
縦八七・五㍉ 横八一・七㍉
切羽台厚さ三・二㍉
耳際厚さ約五㍉
佐藤寒山博士箱書

Momoyama period
iron ground mokko shape kebori uchikashi rim
Length : 87.5 mm Width : 81.7 mm
Thickness at seppadai : 3.2 mm
Japanese calligraphy note on the wooden box by Dr.Kanzan

​音声解説
00:00 / 01:04
 古典から近世への移行期に当たる芸術は、実用から装飾への変化の波を受けており、戦国時代を経て安定の時代へと移り変わる桃山期こそ、器物の背後にある装飾に多大な変化をもたらした時代に他ならない。

同時代を代表する鐔工や金工として金家、埋忠明壽と共に信家(のぶいえ)が三名人に挙げられる理由は、こうした歴史の大きな転換期において優れた多くの作品を遺し、後の金工芸術の基礎を成していることと、作品に銘を刻していることに尽きよう。

銘は作者のオリジナリティを示すもので、金工に「制作者・作家」という意識が芽生えたことを意味している。

「制作者・作家」という意識は、作者個人、即ち作品の芸術性を裏付けるもので、単に道具の製造を指すものではない。  絵画に比較して、装剣小道具における芸術性の発生は遅かったと言わざるを得ない。

装剣小道具の装飾を言い極めると、絵画における鑑賞(心の開放・精神的な高揚・思想の展開)という用途とはかけ離れたもので、単純な器物の文様に徹し、装飾性について言うなら家紋という所持者を特定する特殊な文様によって個が示されていた点であろう。

古くから鞘に施されていた霊獣や瑞鳥図あるいは唐草(からくさ)などの文様は、その拵を鑑賞するためのものではなく、所持者の守護や安全、長寿を願う意味があった。装剣小道具の装飾が絵画芸術と異なるのは、戦場で身を護る武器であるという実用性が根本的に備わっていたからと断じ得よう。

 金家は同時代の現実の風景に取材して鐔に彫り描いた。明壽は後に琳派と呼ばれる美観を文様として鐔に施した。

さて、信家の遺されている作品を俯瞰すると、地文様が背後にあることに気付く。古代から我が国に普遍的に存在した唐草や亀甲(きっこう)などを下地とする多様な文様を、鉄地に毛(け)彫(ぼり)という比較的簡素な技法を以て表しているのである。信家のこの点が、古典から近世への移行期において変化の過程を示しているもので、その特殊性と、流れが窺いとれるところである。

 信家は銘字の違いにより、放(はな)れ銘(めい)と太字(ふとじ)銘(めい)の二つに分けられている。それぞれ、銘字の字間が放れ気味であること、銘字が太いことでこの呼称があるも、両者には筆致の違いも見出されている。

製作の年代は詳らかではないが、『信家』の著者伊藤満氏の研究によると、放れ銘信家が先輩格に当たり、両者とも天文から永禄頃の生まれで、放れ銘信家は元和はじめ頃に六十歳前後で、太字銘信家は寛永中頃に七十五歳前後で没している。

また、放れ銘信家二代の存在も考察されている。

 信家は、古くは清洲を本拠として信長に仕えていたと伝え、後に福島正則に仕えてその転封に従って安芸広島に移り、福島氏の信濃移封以降は浅野氏の工となったとも考えられている。

 この鐔は、銘字の書体から放れ銘信家の作で、簡潔な毛彫表現になる瓢箪(ひょうたん)唐草(からくさ)を簡潔に彫り描いた図。

きわめて質の良い地鉄を木瓜形に造形し、尾張の特徴を示すように切羽台に比較して耳際をわずかな厚手とし、耳を打ち返してその稜線の連なりに微妙な変化を持たせた、重厚感に満ちた造り込み。焼手を施したものであろう、鍛えた鎚の痕跡が残る地鉄の色は黒く、錆色も深味があって信家作中でも時代の上がる要素を備えている。耳際には打ち返しによる微細な皺が自然な景色を成し、鉄骨(てっこつ)が力強く働いている。

 図柄は稔りの秋を鮮明にする瓢箪の実と、縦横に延びる蔓と葉を表裏にわたって毛彫した、信家の典型的な意匠構成。

瓢箪は瓜と同様にたくさんの実をつけることから、あるいは蔓先を多方に延ばすことから子孫繁栄、御家安泰を、唐草文はまた長命を意味する図として古くから尊ばれていたもので、文様として好まれ様々な器物に施されていた。ここに信家の古典に通じる一面が顔を出しており、作品群の特質ともなっている。因みに、信家の作品の地文や文様として刻された図は、唐草の他に亀甲文、阿弥陀(あみだ)鑢(やすり)文、波文などが多く、いずれも繁栄、長寿、連続性、永遠性といった意味合いを秘めている。

 特筆すべきは、信家作中でも毛彫が繊細である点。後期の作品群の多くは毛彫が太く大模様に仕上げられているが、本作は、細鏨の連続と葉の表面の点刻も細やかに、時には地中に溶け込むような線で、垂れ下がる瓢箪が剽げている。鉄地が生み出している景色を損なうことなく、肌合いと線刻とが同調し合って穏やかな景色を造りだしている。この点からも、信家作中では時代の上がる一枚と鑑られるのである。

 人の願いを暗示する古典的で簡潔な文様から、次第に線刻に変化と造形を見出し、新たでしかも多様な図柄を毛彫表現した信家だが、御題目文字や「生者必滅」「運在天具足有質屋」の文字彫があるように、単に美観だけでなく、作品の根底にはこれを腰に備える「人」の存在が意識され続けていたのであった。

注①…重要刀剣説明図譜にも二代作中の代表作の一口とある。
注②…千五百石取の旗本で、四代将軍家綱の時の目付役。寛文三年御先鉄炮頭。寛文十年盗賊追捕役。國包の他、近江大掾忠廣の刀(第二九回重要刀剣)等にも所持銘がある。切手の蓬田安太夫は伊達家の家臣であろう。
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